赤祖父マップ

ただの日記です。

日記20201006/熱/ご意見に答える

娘が発熱して保育園に預けられなかった。今、大抵のオフィスや店、そして保育園なども37.5℃をボーダーにしてそれ以上は受け入れ拒否というパターンが多い。

自分がジジイになって幸いにして平熱が下がったのでいいが、子どもは普通に37.0℃が平熱ですくらいなのでちょっと厳しい気がしている。まあマスクもそうだけど、何かしらのボーダーは置かないとまたうるせーのがいるからな……。

 

と、なので家で見ながら仕事しながらの感じ。半休の連絡を会社にしたら「会社から通院するように指示があった」との上司からの連絡。おいおい発熱初日37.5℃だぞ…と思うが、電話で小児科に相談して様子見と言われた、ということにした。

弊社では無かったけど会社によっては「PCR検査で陰性と証明してもらってこい」とかわけのわからんことを言うところもあるらしい。最近はもう大丈夫なのかな。

 

夕方には熱が下がって一安心。発熱、結構長いパターンもあるからな……。

新コロで仮病のパターンで発熱は多分殆ど無くなっただろうな。自分は仮病じゃなくてマジで微熱が出ることが結構あったのだけど、新コロ生活以降はまったく無い。清潔だからかなあ…。

 

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"語りしろ"のある質問マジで助かりますね!

私はなんでも依存する性格なので、コーヒーがあればバカバカ飲むしガムがあればバクバク噛むし、みたいになってしまうのです。今は飲酒がソレなのですが、タバコばっかりの時代もありましたありました。

一番吸っていたのはセーラムライトです。当時で280円くらいだったかしら。今は500円超えたりするんですね。すごいなあ

あとはガツンといきたいときはマルボロメンソールとかも。基本的にメンソールばかりでした。あとバイト先のオバサンがキャスター吸っててめっちゃ煙も息も臭かったなぁというのがやたら記憶に残ってますね。

 

だいたい1日1〜1.5箱くらいは吸っていました。とにかくメシを食った後は絶対吸わないと終わらなかったですね。あとコーヒーも好きだったので口臭は常にウンコでした。辞めるのを意識しだしたのは、当時画期的なことに千代田区が路上喫煙を禁止したんですね。それで大学もバイトしていたアキバも千代田区なのでモロに条例の影響を受けて、実際1、2回捕まりかけました。なんて窮屈なんだろうと思って喫煙者の自分がまるで「でっかい流氷の下で息継ぎできる穴を探すアザラシ」みたいに思えてきてしまったのです。そしてこの流れ(喫煙者迫害)は加速するだろう、というのと丁度就職というのもあったので禁煙を決意しました。

今はひどいですよね。ビルまるごと喫煙所なし、どこで吸えばいいの?知らん!ってところがあるじゃないですか。この状況でも吸い続ける根性のある人たちを見ると筒井康隆の短編を思い出します。バカにする意味じゃなくて。

 

禁煙を始めたのはちょうど修士論文を書いているときで、ある意味では一番欲しくなる時期なのですが、逆にニコレットを口に入れていると吸わずにニコチンが入ってきて丁度良かったので便利でした。そんなニコレット生活を2ヶ月くらいして、修論提出・査読を受けてあとは卒業だけ、というときにタイに一人旅に行きました。で、非日常でワチャワチャした毎日だったのでニコレットすら忘れて、でついにニコチンとさよならしたという流れです。今は禁煙外来とかあるのでしょうが当時はまだなかったので完全自力禁煙でした。

今は居酒屋で煙が入ってくると頭が痛くなるくらい完全にタバコは抜けました。遊びでちょっと1本くらい…というのも徹底的に避けています。自分の性格上、1本お遊びで吸ったらまた戻ってしまいそうなので。

というか、吸い始めの頃のタバコの美味さって、日常的に吸うようになると完全に味わえなくなりますよね。あの吸い始めの良さはヤバいので二度と口にしません。

就職のために辞める、と言いましたが就職にこそあったほうが良い(タバコミュニケーション)とも悩みました。でもそれは杞憂で、たしかに喫煙所で得られる情報もあったようですが大したものではなかったようです。

タバコのように人生を豊かにしてくれる嗜好品が……と辞める前は思ってましたけど、辞めても豊かさに変化はないというか、余計豊かになったとは思ってます。電源ケーブル付きのエヴァからS2機関を持って時間無制限に動けるエヴァになった気分ですよ。

 

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