赤祖父マップ

ただの日記です。

日記20210103/見られている前提の日記

いま、本当に自分のためだけに日記をつけている人ってどれくらいいるのだろう。見られたら色々な意味で死ぬようなその時の心境や行為の記録、これを赤裸々に事実、真実および正直に記録すること。そんなのが書けていたら少なくとも自分はとても自分にとって価値があると思う。でも、できない。何かのひょうしに見られるのが怖いというよりは、単純に続かないと思う。いつも見てます!とか楽しみです!とか言ってもらえるのはこんなにも尊いのかとよく感じる。だから、多分誰にも見せない赤裸々な日記というのは今後もやらないと思う。

 

反面、そういうのがないと特に行動よりは心境を忘れていってしまうことはとても残念に思う。悩んだり怒ったり焦ったり妬んだり、そういう当時のリアルな心持ちはどうしても風化する。それが人間のうまくできているところでもあり、もったいないところでもある。

 

今日したことをネットの目を気にして書けない、というジレンマに陥っていて(別に悪いことはしていない)、やっぱりインターネットの到達点はmixiだったんじゃないかと思うばかりなのです。